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福島家庭裁判所 昭和39年(少)307号 決定

少年 A・A子(昭一九・一〇・五生)

主文

少年を福島保護観察所の保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、昭和三九年六月○日午前五時頃東京都豊島区○○二丁目××××番地武○荘こと○木○子方から同所に宿泊中の○本○賢所有の現金二万五、〇〇〇円ほか二点(合計二万五、五〇〇円相当)を窃取したものである。

(適条)

刑法二三五条

(処遇)

少年には四年間に六回に及ぶ転職がみられ、しかも職業内容は転職の度ごとに悪化し、最後の職業はバーのホステスという水商売になつている。

そのうえ、ホステスになつてからの生活は、住居の面においてもアパートの一室に二組の男女が居住するという異常なものであるうえ、仕事の面においても甘言を用いて客を欺罔し、肉体と引替に金銭を請求するという売春婦同様のものになつている。

しかし前記期間が短期であつたため非行が固定化していず、性格的にも精神活動力が鈍く、未熟な人柄である点を除いて特別の問題がないことを考えると少年の処遇としては少年を父母の許へ帰宅せしめ、担当官の協力によつて生活指導を継続することによつて充分であると思料される。

よつて少年法二四条一項一号を適用して少年を福島保護観察所の保護観察に付する。

(当裁判所の見解)

なお少年が昭和三九年五月○○日午後一〇時頃東京都板橋区○○町番地不詳の旅館から住所氏名不詳者所有の男物腕時計一個を窃取したとの非行事実については、少年の当審判廷における供述並びに同人の司法警察員に対する供述調書以外の証拠はない。

そこで憲法三八条三項の「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」との規定が少年保護事件にも適用されるか否かについて検討することとする。

この点につき保護事件の審判手続は刑罰を科する手続ではなく、少年法第一四条第一五条において刑事訴訟法の規定を準用する場合の外は刑事訴訟法に従う必要はないから、自白を唯一の証拠として事実を認定することを禁止する刑事訴訟法第三一九条第二項の適用又は準用はなく、従つてまた自白のみによつて少年の非行事実を認定しても刑事事件に関する憲法三八条第三項の規定に違反するものではないとの判例がある。(大阪高裁決定昭和三七年一〇月一七日、家裁月報一五巻三号一六三頁)

ところで憲法上並びに刑事訴訟法上自白に補強証拠を必要とするのは、任意性ある自白の内容的真実性を担保し、もつて犯罪事実の認定過程における誤判を防止し、刑事司法における実体的真実を実現するところにある。

そして少年保護事件においても審判を開始したうえで少年に対して保護処分決定(少年法二四条一項)をするためにはその前提として刑事裁判におけると同様な犯罪事実の認定過程があり、その後に少年の要保護性に応じた保護処分決定がなされるのである。

この少年保護事件においても一定の適法な証拠によつて犯罪事実が認定された場合には、前記のとおりその要保護性に応じた保護処分決定がなされるが、それは刑罰とその目的を異にするとはいえ、肉体的、精神的拘束をその内容としている。(少年法二四条一項、二三条二項後段)

このようなその目的は刑罰と異るが、その内容において刑罰と類似する保護処分決定をするに際して、その目的が少年の保護にあるからといつて、保護処分決定の前提となる犯罪事実の認定に虚偽の混入することは許されるものではなく、刑事裁判におけると同様、肉体的、精神的拘束を内容とする決定をする場合には、誤判を防止し、実体的真実を発見することが最も大切なことであると思われる。

そうすると犯罪事実の認定過程における誤判を防止し、もつて実体的真実を発見しようとすることは、刑事裁判に固有の理念ではなく、少年にその目的はともあれ一定の肉体的、精神的拘束を与えることになる少年保護事件にも適用される理念だということができる。

従つて少年法一四条、一五条が刑事訴訟法三一九条二項を準用していないからといつて、少年保護事件においては自白のみで犯罪事実を認定することはできず、憲法三八条三項は少年法に特別の規定がなくても、その趣旨から言つて当然に適用されるものと解すべきである。

以上の次第で憲法三八条三項にいう「有罪とされ」というのは、単に刑事裁判における有罪判決を意味するものではなく、刑事裁判、少年保護事件において犯罪を犯したものと認定され、その目的は異にするも刑罰ないしは保護処分という肉体的、精神的拘束が科せられる状態に達したことを意味するものと解すべきである。

故に少年の自白以外に補強証拠の全くない前記非行事実については憲法三八条三項の規定により犯罪の証明がないことになる。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 中山博泰)

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